いろいろな事情がありここに来て、80代の義両親の家を建て直すことになり
片付けを手伝いました。
建ってからこのかた80年近く経つという古民家で、現在80代の義父が育った家。
義母も結婚でこの家に入って以来、ずっと住み続けてきた家。
築80年の古民家の解体は、無秩序に置かれたものの多さ、開かずの間に放り込まれた家財、魔窟(まくつ)と化した物置部屋、
大量の不用品とゴミでカオスの様相を呈し、80年の家の歴史が凝縮された壮絶な片付け体験でした。
この記事では、実家や義実家の片付け・断捨離を考えている人に向けて、私が直面した義実家の片付けのリアルな体験談を綴っています。

この記事はこんな方におすすめです!
- 実家、義両親の終活や片付けを手伝う予定がある
- どんなマインドで向き合えば良いのか事前に知っておきたい
なぜ義実家の片付け・断捨離は疲れるのか?

断捨離すると、たいていの場合は気分がスッキリするものです。
しかし、義実家や実家の断捨離では、こうはいきません。
スッキリするどころか、どよ〜んとした疲れが残りモヤモヤを抱え込んでしまう。
気持ちが晴れず、ストレスがたまる。
それはなぜか?
自分の家の断捨離であれば、自分でためこんだものは自己責任であると理解しています。
自分とものには関係性があり、過去の思い出や経験と結びついています。
ものに対する責任感も持ち合わせています。
しかし、親の家の片付けや断捨離は、ものと自分との関係は無関係。
しかし、義両親はオットの親でありまったくの他人ではない、
つまり人とは関係性があるのに、ものとは関係性がない。
ものと自分との関係がないだけに、思い入れや思い出を重ね合わせることもできない。
精神的・物理的にも距離感をどうとらえてよいか非常にむずかしい!
だから、得体の知れない気、なんとなく気持ち悪い、なんとなく不気味、なんとなくとでしか表現できないような「気」にけおされてしまうのです。
気圧される(けおされる)。
ものの持つパワーに圧倒されるという感じって言えば、通じるでしょうか。
使っていないもの、過去に使われたものからは、念のようなものが立ちのぼってくるのを感じました。
あの感じ、なんとも言えない何者ともわからない気があちらからやってくる感じでした。

義実家の片付けで感じたむなしさとやるせなさ
おびただしい量の食器
大量の未使用の贈答品
平成の半ばあたりまで、地方では親戚づきあいなどでお祝いのお返しに、陶器や食器を内祝いとしてお返しする風習がありました。
30年以上も一度も箱から出されず、ずっと眠り続けていた器たち。
ものは使ってこそ価値があると思っていますが、この未使用の食器たちは、もはや生きていないも同然。
10畳の部屋一面に並べられた食器からは、正気の失せた気が発せられているように感じました。
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使う機会がなかったので使わなかった、事情はわかります。
でも、なぜこんな風習が、誰も、何も、疑問にも思わず続いていたのだろうか。
商業主義に乗せられることに懐疑の目ももたなかった。
並べられたおびただしい新品の食器を前に私は、やるせない気持ちでいっぱいでした。
一度も使われることのなかった食器たちのかなしい声がきこえてくるようでした。
義両親との関係や精神的距離も、メンタルに多分に影響する
家一軒分の片付けをするということは、プライベートな部分をいやでもさらすことになります。
自分と相手との信頼関係、そのときの状況など総合的に考え、踏み込んだ領域にも立ち入っていくことになります。
私の場合は、たまたま機会があって義両親の家の片付けをやりましたが、義両親とは価値観が相容れない(あいいれない)部分が大きいです。
考え方も違えば、趣味も違う、暮らし方も違う、まして収納方法や住まい方など理解できないことだらけ。
しかし、今回の片付けにあたって持ち物の持ち主は義両親。
一つひとつ要・不要を確認しながら処分しましたが、手間と時間、精神的に疲弊を極めました。
義実家の片付けが疲れる理由は、そもそも価値観が違うから
世代間の価値観の違い、その人の人生において確立された価値観を、他人がとやかく言えることではありません。
現在80代の方たちは、もののない時代を経験している世代。
なんでもとっておき、ものが捨てられない人たちです。
価値観の違いをとやかくいってみても、考え方を変えることなどできないのはわかっています。
ものを保有することがステータス
ものを保有することでよろこびや充足感を感じる人がいることも事実。
しかし、ものはコストです。
保有するにも場所が要ります=倉庫(固定資産税)
管理するにも管理能力が必要です=必要なときにさっと取り出せる収納(収納計画)
かつてものを持つことが豊かな暮らしだと信じられていた時代がありました。
現在80代の義両親はまさに高度成長期に子育てをした世代。
その価値観を疑うことなく今まで持ち続けてきた。
使う使わないに関係なく、家が広く保管場所もあるので、とにかくとっておく。
だから、使わない贈答品の食器類が山ほどあっても、保有する喜びに価値観を感じ、疑問を抱かなかった。
そもそも片付けをするという概念がない
昔使っていたお鍋、茶碗蒸しを作るときに使っていた蒸し器、今はもう使っていなくても捨てられない。
しまっておく場所があるから捨てない。
ライフスタイルは子どもの成長や時代とともに変わっていくけど、そもそも片付けをするという概念がない。
片付けをしないので、捨てる選択肢もなかった。
捨てるという考えがなく、そのまま保管し続けた結果が、目の前の現状。
収納が無秩序
収納計画という概念すらなく、思いつきでものをあちこちにしまう。
ものの定位置が決まっていない。
床にものを置く。
積み上げる。
書類の山にさらに上からDMや書類を重ねて、リビングの机の一角が無法地帯となる。
価値観をアップデートできない
価値観は人生経験や時代とともに変わっていくれど、おそらく価値観をアップデートできないのでしょう。
私たちの世代のように、時代に合わせて身軽にかろやかに考えを変化させていくことは、できなかったはず。
執着しているつもりはなくても、それがあたりまえだったから、疑うことすら知らなかった。
以上述べたことはジェネレーションギャップや生き方に起因するものであって、私が正しいとかを主張するつもりはありません。
人それぞれ考えや価値観はさまざまですし、価値観をものさしで計ることはできません。
しかし、ものの多さ、ゴミをゴミと意識せず何でもため込む生活習慣、それをあたりまえとするライフスタイルに、相当なストレスを感じたことは確かです。
価値観をアップデートできない哀しさも、改めて知りました。

まとめ:実家・義実家の片付け、断捨離が疲れる理由
実家の片付けは疲れます!
しかし、義実家の断捨離はもっと疲れます!
実際にやってみて疲れる理由がわかりました。
ひとつはものと人の関係。
義実家は夫の両親。間接的にであれど縁がある間柄。
しかし、義実家のものは、私とは無関係。
無関係なものたちを片づけるとき、ものとの距離感の取り方がたいへんむずかしい。
2つめは、ため込まれ放置されたものからは発せられる澱んだ(よどんだ)気。
生気を搾り取られたネガティブな気が漂っていました。
どんよりした気を受け取ってしまったので、鉄のメンタルをもつ私でさえもしばらく精神的に落ち込んでしまいました。

高齢の親の片付けや終活に直面している私たち子世代の人たちに少しでも、楽になるマインドを持ってほしいと思い今回の体験談を書き留めておきました。
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